2012
 
   「和を駆ける」
(親子自転車旅編)
自転車で行ってみよう
東京の戦跡・資料館など


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自由で解放的な自転車旅の楽しさを伝えると同時に、自転車で駆けることの
できる平和な社会に感謝し、その平和の大切さ、尊さを伝えたい、
という思いで走り始めた親子自転車旅「和を駆ける」ですが、無事走り終え、
8月15日終戦記念日に予定通り東京大空襲・戦災資料センターに到着致しました。
毎度のことで恐縮ですが、簡単に「和を駆ける ファイナル2012」の模様を
ご報告させて頂きます。宜しければご覧ください。





東京から福島までの移動及び自転車の搬送についてはいくつかの方法があります。
自転車を輪行して新幹線で自ら運ぶ、自転車だけ宅急便等で搬送、などが一般的な
方法となります。昨年まででしたら前述した方法のどちらかを選択したと思いますが、
大人料金となってしまった今年は料金的にも時間的にも、何より東京出発時間に
縛られないレンタカーを利用することに致しました。できればもっと大きいサイズの
車にした方が楽だったと思いますがコスト的な問題でカローラレベルのワゴンに
なった次第です。車での搬送は初めての試みでしたが、フレキシブルに動ける点で
なかなか有効な方法でありました。









昨年は、パンクが多く、肉体的にも精神的にもダメージが大きかったです。
今年は、私のタイヤを新調し、チューブも予備を含めて新品を用意し準備万全です。









福島県庁前にて記念撮影。福島入りした当日、県庁の教育委員会にお邪魔しました。








今回の自転車旅のテーマに「楽しく、ゴージャスに!」を加えました。
毎回、予定通り走ることが優先で、旅を楽しむ余裕がなかった感があります。
夜は毎晩、寝床につく前にバタンキュー状態でした。今回、食事ぐらいは
ゴージャスに楽しみたいと思っていた次第です。この日は、なんとホテルの
ディナービュッフェです。と言ってもすべてネットで探したキャンペーン商品で、
想像される以上にかなりリーズナブルな設定です。毎度ながらネットを
多用して行程を決めていきますが、宿泊場所の早割やキャンペーン商品の
検索効果のおかげでいつもコストを下げさせてもらっております。正直、安いっすよ!

(我々は5時に夕食なのでガラガラでした)









毎年のことですが、自転車の夜間における保管管理が我々にとっては重要な課題です。
民宿や旅館系の宿泊場所はそれなりに安全に管理する場所を提供してくれます。
しかし、最近多い市中にあるビジネスホテル系は、その対応がかなり異なって
きます。問題なくルーム内に保管させてくれるところもあれば、かなり強く拒否され、
かつホテル内には保管場所がないので、駅の駐輪場に止めてきてください、という
ような対応のホテルもあります。問題は、そのスタンスです。事務的に拒否する
ところもあれば、良心的に色々と検討し、提案してくれる、つまり、我々目線で考えて
対応してくれるかどうか、という点です。サービス業では一番、大事な点だと思い
ますがこれができない方々が結構いらっしゃいます。ぼろいママチャリを置くわけ
ではないので、少しだけ気をつかって頂けると大変ありがたいのですが・・・。
ロードバイクやクロスバイクが多く市中を走るこのご時世、少しその対応を検討
していく必要があるのではないでしょうかね。自転車に対応の良いホテルや旅館、
時代の先駆けとなるような気がするのですが・・・・。







今回も昨年同様、荷物はかなりコンパクトに抑えました。実際、これ以上は
難しい状況です。ちなみにどのようなものがパッキングされているかと言えば、
工具、予備チューブ、レインスーツ、着替類、エイド関係、自作ルートマップ、
ipad、その他小物、という感じです。







さあ、まずは奥州街道 国道4号線を郡山に向けて南下します。
あまり一桁国道は走行したくないのですが、道路事情を考えると
ベターなルートとなります。










昨年は、梨駆は転倒して負傷しました。大したけがではなかったですが、
一歩間違えれば大きな事故につながっておりました。今回も安全な走行を
最優先にしたいと思っております。見苦しくて申し訳ありませんが、上記
画像の私の足のスリキズは単に停車中に自転車が倒れるのを防ごうとして
フロントギヤが足首に突き刺さり負傷しました。止血してからしばらくしてからの
画像ですが、突き刺さったときは、血が噴き出しておりました。大変つまらない
ケガですが、自転車はやはり生身をさらけ出しているのでちょっとした気の
ゆるみがケガにつながります。気持ちを引き締めた次第です。ヘルメットは
もちろん必須ですね。ただ、画像のように髪の毛が分散して逆立つので、
一日を走り終えたときの状況はスゴイ状況で、パンク野郎も真っ青な
ヘアスタイルとなります。その様子をご紹介できないのが残念ですが。









暑いのにどうしてアスファルトの上に倒れ込むのでしょう?
猛暑日に走ってみるとわかります、一度いかがですか?












今回、唯一の畳部屋での宿泊です。旅館ではなく安積永盛という場所に
あるローカルな温泉スパの宿泊所です。東京にもありますよね、日帰りスパ。
そんな施設です。ここは日帰りだけではなく宿泊施設も整っているので夏休み
ということもあり、小学生のスポーツクラブなどの団体様も宿泊しておりました。
周辺には飲食街などは一切ない普通の住宅街の一角にあります。本日は
翌日に備えての慣らし走行でしたが、福島市から郡山まではずっと上りで
思いのほか疲れました。旅館風の施設で、今回の自転車旅中、一番ゴージャスな
宿泊場所になると思います。(私の「ゴージャス!」はたかが知れているわけです)
食事は朝食の様子です。絵に描いたような日本旅館の朝食です。鍋がありますが
単なる「ふの味噌汁」です。でもこうした旅館朝食、日本の文化と伝統を
感じさせてくれて、ちょっと嬉しいっす!







前述したスパ施設を出発する時のスナップですが、この施設の
年配のスタッフの方の対応がとても親切、というか腰が低いというか
とにかく丁寧な対応をしてくれた方でした。その方が、我々が出発前に
荷物をパッキングしている姿を見て、わざわざ声をかけにきてくれて
シャッターを切ってくれた次第です。サービス業に携わる人として
とても大切な部分を持ち合わせていらっしゃることを感じました。
月光温泉 「クアハイム」 前にて。






さあ、一桁国道の奥州街道から二桁国道49号線を東、太平洋へ向かいます。
阿武隈山中を抜けていくので長い上りが必至です。まずはいわき市に向けて
頑張りたいところですが、空模様が怪しく、雨がぽつぽつ落ち始めて来てしまいました。









雨が激しく降ってきた中、トラブル発生。梨駆のキャリアの取付ボルトが損傷、
正常な走行が不可能になってしまいました。脱着することができればとりあえず
走行できるのですが、キャリア自体がシートポストから外すことができず、
十分な工具のない状況の中で格闘し、キャリアの再装着不可を前提に一部、
部品を壊してやっとのことでキャリアを外すことができました。雨は激しく
なる中、キャリアの脱着がうまくいかず、ましてまだ70km以上、走行しなく
てはいけない状況で、めい一杯暗い雰囲気になりましたが、ブルーな気分に
なっても解決しないということで敢えて二人でおちゃらけて見ました。
「地球にサドルを突き刺して座っているサルの図」とでもしときましょうか・・・。










5年前「和を駆ける」スタートして以来はじめて、荷物を背負っての走行。
いよいよ「いわき市」突入です。






ずっと上りのため距離はあまり稼げていませんが、雨がかなり激しくなってきた
ので、ランチがてら休憩することにしました。ランチと言っても菓子パンを少々、口に
するだけですが。ここは長沢峠という標高600mぐらいの地点です。峠ですから
これから下りが少しあるとは思っていましたが、結果的には小名浜方面までさほど
のぼりもなくこの峠がピークだったようです。あくまでも結果であって、このときは
雨に叩かれ、距離は稼げずで、気持ちは重い状況だったことを覚えております。










山間の水田の緑がとても美しく映えておりました。個人的にこうした日本の
原風景には心が癒されます。こうした風景をじっくり見て旅ができるのも
自転車旅の魅力です。何十年と自転車旅を続けてきていますが、次のカーブを
曲がったらどんなシーンなんだろう、と未だにどきどきしながらペダルをこいでおります。






雨の中の下りが続き、少し疲れ気味?下りは気持ちが良いですが、
スピードがかなり出る分、神経を使います。まして雨の中では
ブレーキングもあまいので・・・。でも下りが楽ちん。



すいません、以下の動画ですがカメラ位置間違えました。しばし、お許しください。








いよいよ「小名浜」の文字が・・・。太平洋まであと少し!






小名浜から福島第一原発まで50km強ほどです。当然、震災の直接的な
被害はもちろん、風評被害による経済的ダメージはとても大きいものが
あります。でも水田ではたわなる稲穂を前に最後の緑の輝きをこれでもか、
というぐらいに映えさせておりました。大地と福島の人々の力強さを感じず
にはいられません。できることをできる範囲で実践していきたいものです。











ついに眼前、太平洋!なぜか夏の海、旅したくなるんだよね~!震災の
関係で海岸地域が敬遠されがちになっているようですが、やっぱり海はいいっすね。
若いころからずっとこんなことばかりしていたので、夏の海を見ていたり、サンサンと輝く
太陽の下にいると若いころの精気が漲ってくる感じ(あくまでも感じですが・・)です。
それも条件反射的に・・・。日焼けは時間が経過すればなくなるけど、心に焼き付いて
しまったものはなかなか拭うことはできないんだよね~。困ったもんだ。











小名浜を出発して、太平洋岸を南下します。今日は一日、シーサイドライン
走行です。海岸沿いは、シチュエーションが良くて気持ちが良いのですが、
自転車旅には問題もいくつかあります。一つはアップダウンが多く走行がハードに
なること、また高架橋などの自転車通行不可の自動車専用ルートが多くなり、
強制的に遠回りを余儀なくされることなどです。ロードレーサーの集団などは
法規も無視して自動車道を走行している方々もいるようですが子どもを
連れて走っている私などは同じ行動をとるわけにはいきません。道路行政の
あり方に疑問を抱くこと多しです。特に景観の良い地域のために自動車専用道を
敢えて作るなら是非、自転車道と歩道もあわせて作って頂きたいと、全国を
走ってきてつくづく思います。










今日は天気に恵まれ、というより恵まれすぎて猛暑日です。毎年思いますが
この炎天下の中、自転車で一日中走行することは好きでやっているとはいえ、
自転車旅とは名ばかりですでに修行の域に達している気がしております。
そう我々は修行しているのです・・・・・。












日立港です。一日海岸線を南下してきましたが、ここから東海村を経て内陸部へ
入っていくので「夏の海」とはここでさよならです。しばし、感慨に耽りながら海を
眺めます。ちなみにテトラポット前の上の画像ですが、海や梨駆を撮ったのでは
なく、倅が着ているTシャツに染み出でている大量の「汗」をフォーカスしました。
この「汗」いつの日か彼の糧となってくれるのでしょうか?






東海村を経て本日の宿泊地「勝田」へラストスパートです。東海村はご存じ
日本で最初の原発です。遠くにわずかに見えているのが東海原発の施設です。
1965年に臨界到達、1998年に営業停止、現在、原子炉解体プロジェクト中、
つまり廃炉作業中ということです。14年前に営業停止してもまだ廃炉作業中、
当然、まだ時間がかかります。2014年に原子炉解体とのことですのでまだ
原子炉の解体にも手をつけていない状況のようです。予定では2020年に
全工程を終了する予定とのこと、なんだか単純に考えてみてもそのリスクを
踏まえるとエネルギー効率は良くないように思えます。今回の震災による
原発事故、もちろん電力会社、国に責任はあると思いますが我々国民も
各方面で反省するべきことはそれを促し、しっかりとした方向性を選択していく
ことが必要だと思います。目先の効率ではなく、長期にわたって使用できる、
低リスクでシンプルなあり方を求めていくことが大切なのではないかと思って
おります。簡単に述べておりますが、夢のようなエネルギー、またはその
発電方法などは存在しないのを前提に、そうした社会の中で我々が今の
生き方を変えることができるか、という命題と各人が向き合っていかなくては
ならない、ということなのだと思います。











さつまいも畑越しに見える東海原発です。大量の電気を供給してきたコンクリートで
建造されている施設より広大なさつまいも畑の方がはるかに力強く、そして偉大に
感じてしまうのは私だけではないはずです。原発の東海村よりも、東海村と言えば、
さつまいも、名産「ほしいも」の名がふさわしい地だとと思います。













さてさて、上記画像の3枚ですが勝田での外食と朝食です。ボリューム
ありますね。こんなの日常生活で摂っていたらすぐにメタボですね・・・・。
何が言いたいかと言いますと東海村の話で原子力がトータルで考えて
みると決して効率の良い方法でないのではないか、と記しました。
上記画像の3枚見て思いました。自転車が実に環境に優しい乗り物で
エコ活動の代表格の乗り物だと言われていますが、上記画像3枚、
これだけのエネルギーを摂取しなくては動けない乗り物、って決して
エコじゃないな、と思った次第です。だって、これだけの作物を育て、
それを調理する過程で発生するCo2って結構な量でしょ。それに
加えて走ることで、さらにCo2を発生させているのだから・・・・・・・。
人間の存在自体が環境にマイナスとなっているようですね。
できるだけローインパクト、心がけたいものです。









お盆休み真っ只中の早朝は、駅前通りも人通り無く静かなものでした。
ただ、少し冷たい雨が気を重くしておりました










徐々に雨が激しくなってきました。本来ですと、レインスーツを着用したりする
こともあるのですが、福島のキャリア損傷で荷物を半減させるために
レインスーツは自宅へ送ってしまいました。ま、レインスーツを着用すると抵抗も
大きくなるのでできることなら着用しないで走行したいと思っております。今回は、
そんな選択肢なく、濡れながら走行するしかありませんでしたが・・・・・・。










関東平野へ、筑波山方面をバックに!






いよいよ流域面積日本第1位の利根川を渡ります。
さようなら茨城県、こんにちは千葉県????






最後の宿泊地、千葉県柏駅前にて夕食。最後の晩なのに梨駆は
つまらないことで不機嫌。食事中も無言、思わず食事前に写真を撮ることを
忘れてしまいました。でも二人とも、完食!







夕食後も不機嫌な梨駆はそのまま、シャワーも浴びず、着替えもせず、
就寝。5年間一緒に走ってきた最後の晩なのに・・・・。壁にかけてあった
Tシャツとヘルメットにふと目をやると少し感傷的になってしまいました。












さて東京のゴールに向けて最後の親子自転車旅です。ビュッフェ方式の
朝食がついていたのですが梨駆は起きず、食べず、ギリギリまで出発準備を
せず、スタートもかなり遅れてしまいました。どなり散らして煽ることも
できたのでしょうが、彼にも不機嫌になる何らかの理由があるのでしょう。
私も朝食は取らずコーヒーだけ流し込んで出発です。





柏市から松戸市へ、すでに東京圏ですね。






江戸川です。うっすらスカイツリーが見えますがわかりますか?
いよいよ東京23区内突入です。







中川です。ここからもスカイツリー見えましたが建物の陰に
なってしまいました。










さすが荒川までくるとスカイツリー、迫力ありますね。特に興味あるわけでは
ないですが、北東方面から東京に向かってくるときは、方角のランドマークになって
良いですね。そう言えば、昨年、西から東京に向かってきた時は東京タワーが
方角の目印になっていました。スカイツリーが開業した年にこうした旅ができたのも
何かの縁でしょうかね。梨駆も自転車に乗っての立ち姿、さまになってきたようです。












2012年8月15日午前11時40分、無事、東京大空襲・戦災資料センター
到着致しました。戦災資料センターのスタッフの大勢の方々にもお迎え頂き、
母子像の前で記念撮影となった次第です。(「母子像」と「世界の子どもの平和像」に
つきましては スタート前報告へ をご参照ください。)その後、戦災センターの展示、
記録、ビデオなどを閲覧、大空襲被災者の体験談などを伺い、資料センターをあとに
致しました。東京大空襲・戦災資料センターは空襲による惨劇の資料や記録を閲覧する
ことができ、大空襲の体験者のお話も直接、伺うことができる施設です。都内にあるので、
東京近辺の小中高生には是非、訪問してもらいたいところです。平和の尊さや大切さ
などは口で何回も唱えてもいてもおそらくその意味は伝わらないと思います。大事なことは
平和を説くのではなく、過去の事実をしっかり伝え、その事実に目を向けさせることだと
思っています。私は高校で講師として社会科を担当しておりますが、正確な歴史的知識を
提供しその考察から同じ過ちを繰り返さず、恒久的な平和を大切にしていく姿勢を育んで
もらいたいという思いで教壇に立っております。戦争の惨劇を体験者から聞くことのできる
機会がこれから益々減少していくと思われます。それゆえ、教育現場やメディアが過去の
事実を正確に伝えていくことで、少しでもその風化を食い止め、さらに未来へと繋げて
いくことができるのではないかと思っております。奇しくもシリアでジャーナリストの
山本美香さんが内戦の紛争の犠牲になったとの悲報が先日、届きました。最前線で実情を
伝え続けたジャーナリストが戦争という暴力の犠牲になってしまったことに言葉を
失ってしまいます。山本さんは「伝えることで何かが変わるかもしれない」と
生命をかけて戦場からレポートを送っていたそうです。「伝える」ことの大切さ、
改めて心にとめ、できることをやっていきたいと思いました。山本美香さんの
ご冥福を心からお祈りします。



最後になりましたが東京大空襲・戦災資料センターのスタッフの皆様、ご協力を
ありがとうございました。あたらめて御礼申し上げます。また道中、多くの方々から電話、
メール、ツイッターなどでメッセージを頂戴しました。ありがとうございました。ツイッターなどは
使いこなし方がわからず、迷惑をかけてしまった方もいると思います。この場を借りて
お詫びいたします。また皆様にご協力頂く時があると思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。





                                                  


平成24年8月16日 朝日新聞朝刊掲載


<5年間の最後に>


5年間の親子自転車旅には結果として、3つの想い(テーマ)を抱いて
駆けてきたと思っています。ひとつは親子で自転車旅を楽しみ、自転車旅の
おもしろさを自分の子どもだけではなく、周りの多くの人にも伝えたい、という
素朴な想い。ふたつ目は自由、かつ安全に自転車旅が行えるようなこの平和な
社会に感謝しながら、その平和の尊さを大切にしていくため、二度と同じ過ちを
起こしていかないように過去の事実を伝えていきたい、また伝えていかなくてはならない、
という想い。そして最後は、自転車という実に非効率な乗り物による無駄とも思える
行動を通じて、経済性や効率、そして結果だけを求めていく風潮に敢えて抵抗し、
一見無駄とも思える行動のプロセスに大きな意味があり、その過程の大切さと労力を
惜しむことのない姿勢を大事にしていきたい、という想いでした。この3つの想いは決して
独立したものではなく、自分の中ではそれぞれが相関的なつながりを持っています。
この3つの想いはすべて自転車旅を続けてきたことで育まれてきた想いであります。
小学生の頃、海辺の田舎町での自転車旅から始まり、国内、海外を巡ってきた
自由で解放的な旅はその後の私の人間形成に大きな影響を及ぼしました。
また旧ユーゴスラビアで異民族に対する子どもたちの排他的な暴力行為や虐待を
かいくぐりながら旅を続けた経験は平和社会への想いの原点となっております。
そして限りなく長く辛い上り、しかし、上りがあれば必ず楽な下りがあります。
辛くても足をこぎ続けさへすれば必ず目的地へ到達します。時には自転車を降りて
押したり、または腰を下ろして休んだりしながらでもペダルをこぎ続ければ必ず
ゴールに到達します。生きていると理解ができなかったりすることや、理不尽に
感じたりすることがたくさんありますが、そんな時でもめげずに愚直なまでに
少しずつでも前に進もうとすると世界が開けてくるものでそれは人生そのものであると
学ぶことができたのも自転車旅によるものであったように思えます。私自身、
まだまだ未熟で彷徨っている部分もありますが、ゆっくりでも人生のペダルを
これからもこぎ続けていきたいと思っております。応援、また支援してくれた
皆さま、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。






最後になったけど5年間、親のエゴに付き合ってくれた梨駆、ありがとう。

                                2012年8月記(2017年6月加筆
 

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(親子自転車旅編)
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著者自身の体験をもとに
親子自転車旅の素晴らしさを
伝えたい。なぜ親子自転車旅を
すすめるのか、なぜ自転車なのか。
一緒に走った思いでは一生の宝物。
さあ、お子さん、お孫さんと出かけ
ましょう。

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