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朝日新聞 2009年8月12日朝刊
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ということで、台風、大雨、地震の中、夜行バスで出かけました。
今回のチーム名も昨年に引き続き「板橋国際交流旅団」とさせて頂き、
オリジナルTシャツは、昨年のジャパンブルーからネイビー、ホワイトプリントへ
ヴァージョンアップ致しました。
背負う文字は、記事にある通り、平和な世の中に感謝すると同時に、その大切さを忘れない思いを込めて
「和を駆ける」としました。

今回のマシン?は、なんと3人とも20インチモデルでの疾走です。
20インチ、70~80kmは結構しんどいです。
大人でもたるいので子供にとっては・・・・。
ま、なんとかなるもんです。
20インチ折りたたみモデルにはそれなりの良さがありますので。
では旅のヒトコマを紹介させて頂きます。

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今回は東京から広島まで夜行バス利用です。
JR中国高速バス「ニューフリーズ号、3列シートで快適です。

広島に早朝到着

広島市内の市電(江波線)で移動。高速夜行バスも地方都市の市電も初体験。
こうした事の一つ一つが自転車旅を盛り上げてくれます。

時間が早すぎて店舗前で待機。
「あさひ」広島舟入店にて

広島舟入店の店長さんと事前にやりとりし、到着後すぐに手配した
ミニサイクルでスタートできるように準備しときました。

広島港に向けて市内を走行

広島港近くにて

広島から瀬戸内海汽船のフェリーで四国松山に渡ります。

平日ということもあり船内は空いていて特等席を確保?

フェリーの甲板から景色を眺めていると誰でもセンチメンタルな気分になります?

倅はどうでしょうか?

瀬戸内海ですから龍馬風に「東京から来たぜよ!」といきたいところですが
残念ながら貫禄不足です。

甲板で寝転んでしまうという行為は心が解き放たれている?証拠です。

とりあえず被ってみた?

自転車旅のフェリー利用における乗船方法と下船方法は
一般の乗客の方々とは異なります。


数十年ぶりの自転車フェリー旅、昔、金のない若者は、時間をかけてフェリーを
利用して旅していました。学生時代、国内外問わず、たくさんのフェリーに自転車を
積み込んだものです。いつもフェリーに食われるように「口」から乗船していました。
今も何も変わっていません。感慨深いものがあります。愛媛県松山港にて

松山から国道196号線を北に向かいます。以前と異なりどこでもコンビニがある
現在、荷物の軽減化など自転車旅のあり方も変化しました。しかし、
上記画像は「ヤンキー風チルドレンが仲間と愛車でコンビニに乗り付け
たむろしている姿」にしか見えませんね。

宿泊場所は今治に向かう途中、国道196号沿いの「コスタ北条」です。
ここはスパ施設のようで部屋のバスも充実して海を見ながらのバスタイムは
最高で、子供たちもは喜んでおりました。費用も特別高いわけではなく
コストパフォーマンスを発揮しました。何より国道沿いで無駄な走行をしなくて
良いところは我々にとって最高です。
(※残念ながら「コスタ北条」は2011年に閉店してしまったようです)

「快食快眠」は自転車旅にとってとても重要なファクターです。

「コスタ北条」にて記念撮影

早朝より今治のに向けて出発します。
本日はいよいよ「しまなみ海道」を走行します。
瀬戸内海をバックに。

国道脇の歩道兼自転車道を走行。車が走行しないところを走れる、
ということは何より一番ストレスが溜まらない方法です。

さあ、今治到着、いよいよ「しまなみ海道」へ突入です。

最初の吊り橋が「しまなみ海道」の中で最長の「来島海峡大橋」(4105m)です。
全長距離が長いことよりその橋に上がっていく上りの距離が気になります。

徐々に高度が増していきます。車や電車の車窓からだとその高度感は
感じられないと思いますが自転車の場合は視覚はもちろん、微妙な体感温度の
変化や頬を抜けていく風の感じからその高度の変化を感じることができます。
それは車や電車の旅では得られない自転車旅ならではの醍醐味だと思います。

「来島海峡大橋」にて
橋から見下ろす瀬戸内の島々は美しい・・。

無事に渡り終えて大島から見る「来島海峡大橋」をバックにパチリ。

引き続き、親子でパチリ


大島から伯方島に向かう途中、湧き水を発見。
これでまたまた時間がロスしてしまいますが、こうした寄り道が
また楽しいのです。自転車旅ならでは、です。

熱中症ギリギリの状態での湧き水の冷水はたまらんです。
頭からかぶります。都会では絶対ありえへん?体験です。

板橋国際交流旅団三羽がらす記念撮影。駐在所の中で1人静かに携帯を
打っていたおまわりさんを無理矢理引っ張り出し、シャッターを押して
頂きました。バックにわずかに見える橋は、愛媛県と広島県の県境がある
斜張橋の多々羅大橋です。

多々羅大橋にて。

多々羅大橋の愛媛県と広島県の県境にて親子でパチリ。

自転車旅中の小学校の先生と一緒にパチリ。

多々羅大橋を渡り生口島に上陸。すでに日が暮れ始めていました。
瀬戸内海の夕日は美しかった。

本日のゴール、生口島の瀬戸田までもう少し。マジックアワーを満喫。


本日の宿泊場所、さあ~、「THE 民宿」って感じです。引いちゃう?人も多い?

でも子供たちは慣れたもの、部屋にヤモリがいても、それはそれで楽しんでいます。

板橋国際交流旅団の公式?ユニフォーム。

東京のお母様?に状況報告。

漫画があれば怖いものなし?

倅は爆睡

今回、海は嫌というほど眺めても泳ぐチャンスがありませんでした。
時間的な余裕もなかったのですが泳ぐために早起きして泳ぎに
やってきました。天候は曇りで早朝ですので涼しかったのですが
それでも海に入りたかったようです。

早朝、曇り、涼しい・・・・、なので貸切です。

にもかかわらず子供たちはパワー全開

父、ライフガードとして陸で待機(水冷たく海に入れず)


泳いだので気もすみ、さあ呉に向かって出発

時間的な問題で予定を変更。沢から須波にフェリーで渡ります。

沢港でフェリーを待ちます。何もしないでボォーッと景色を見ながら待ちますが
こうした時間は都会での生活では得られないとても贅沢な時間なんです。

いつものごとく仲良く愛車を並べます

下船準備。自転車は一番最初に下船か、車がすべて下船した後、最後に下船するか
その都度異なります。この時は一番最後でした。

さあ、国道185号線で呉へ向かいます。

士気を高めるためにカンフル剤?を与えます。

本日のゴールの呉まで56km、という道路標識をみて
まだまだペダルを踏まなくてはいけない状況に気落ちする二人です。

途中、ガス欠なり燃料補給します。

海岸線を走っていると除去に造船の街「呉」に近づいている感じが
ヒシヒシとしてきます。造船所で建造中の船舶は圧巻です。

ペダルが重くなって、時には足が止まります。

呉市内に着いたのは夜遅い時間でした。
子供たちも珍しく疲労が隠せません。

こうしたコンフォートホテルのようなホテルを利用する目的は安価と
いうこともありますがランドリーとかの使い勝手が良いからです。
さっさとシャワー浴びて早寝したいですが、溜まった洗濯物を
かたづけなくてはなりません。


簡単な朝食もついてきます。疲れが残っていることが子供たちの表情から
感じられます。こうした時はやはり口数が少なくなるものです。
頑張りましょう。

本日は走行距離はあまりありません。
フェリー経由で宮島へ向かいます。

さすが造船の街、潜水艦がころがっていました?

呉は造船の街。かの戦艦大和もここで誕生。よって船に関する資料館、博物館多し。
海上自衛隊呉資料館(てつのクジラ館)に寄っていきます。

すぐ近くには「大和ミュージアム」もあり、戦艦好きにはたまらない聖地だと思います。

呉港から広島港経由で宮島にフェリーで向かいます。
瀬戸内海ではフェリーが多くの人にとって無くてはならない交通手段であることを
今回の自転車旅でこの地を巡ってみてよく理解できました。

「故郷は遠きにありて思うもの」
倅、海をみつめて、一体何を考えているんでしょうね?
犀星先生もわからないと思います。なぜなら、何も考えていないと私は
思うからです(笑)せいぜい、考えていたとしても
晩飯のおかずぐらいのことでしょう。

「宮島」に上陸。義母、妻と合流し「厳島神社」参拝です。

厳島神社は12世紀に時の権力者である平清盛の造営によって現在みられる
荘厳な社殿群の基本が形成されたそうです。平成8年 世界遺産登録です。

なんとも不思議な社です。何より現存している事実に驚愕させられ
その宗教的意義とそのスピリットが日本古来からの永い歴史を経て
我々現代人のDNAにも引き継がれているのでしょうか?


(ピンボケの花火ですいません)
実は この日、1年に1度の水中花火大会開催日であったため「宮島」はとても多くの人で
賑わっていました。我々は廿日市の海岸沿いの古い?ホテルに宿を手配してあり宮島から
そこまで走行して義母と妻と合流、みんなで宿泊しました。広島での最後の晩でゴージャスにと
思っていましたがホテルとは名ばかりでちょっと残念なシチュエーション?でした。事前に手配は
したのですがお盆の時期であり、花火大会の開催日であったことも重なり宿泊場所を選べる
ような状況になくやむを得なかったのですが、皆様、たくさん虫に喰われて?すいませんでした。
ただ嬉しいこともありました。ホテルの部屋には窓がなかった?のですが、外に出れば
すぐに海岸で防波堤から対岸の花火が良く見えたのでみんなで防波堤に横になって
花火を楽しみ夏の夜を満喫することができました。また、たまたまこの花火を見ている時に
広島出身の友人から電話がありました。私が広島に来ていることは知らなかったのですが
帰省して時間があったようで電話をくれた次第です。近くにいることに大変びっくりしてその
偶然にお互い盛り上がってしまいました。
(翌日、この友人に広島テレビのニュースを録画してもらうことになるとは思ってもいませんでした)

翌日、最終目的地である広島の平和記念公園、原爆ドームへ向かいましたが、
朝からあいにくのどしゃぶり。途中、娘の荷台につかっていたワイヤーフックが
はずれて走行中にリヤのギヤにがっぷり絡まり、万事休す、走行不能か、、
とも思われましたが、なんとか工具を使って修理できました。

どしゃぶりのため雨宿りしながら目的地を目指します。
テレビ局との約束の時間に遅れていたので少し焦っておりました。

約束の時間に少し遅れてしまったものの無事、ゴールの広島平和記念公園
(広島平和記念資料館)到着することができました。8月15日の
終戦記念日でもあり多くの方々が訪れていました。慰霊碑に献花、
恒久平和を願い、2009年「和を駆ける」を無事終了致しました。
以下、広島平和記念公園にて




原爆ドームへの訪問は、2回目です。今回は、前日に
世界遺産(文化遺産)である宮島の厳島神社へ参拝し、
翌日に負の遺産としての世界遺産である原爆ドームを訪れました。
同じ世界遺産ですが子供たちにはどう映ったでしょうか?


今回は、「広島テレビ」でもニュースで取り上げてくれました。(2009年8月15日放送)
今回の自転車旅についての新聞記事になります。
自転車旅内容補足のため、厚かましくも載せさせて頂きました。




来年、中学生になる娘とは今回が、おそらく最後の自転車旅となるでしょう。
ヒップホッパーの娘はそろそろお年頃で日焼けに抵抗があるそうです?
自転車旅は終わっても、これからも彼らの人生という旅は続きます。
長々と私事の報告におつきあい頂き、ありがとうございました。
本ページ、もう少し見栄え良く 作成したかったのですが、時間もセンスもなく、
殺風景なページとなり残念です。また一気に記してきたので誤字、脱字など
多々あると思います。お許しください。
まだ暑い日があると思います。
お身体を大切にしてお過ごしください。
旅のご報告まで。
最近思うこと(2009年夏)
2009年8月記(2017年加筆)

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