2011
   「和を駆ける」
(親子自転車旅編)
自転車で行ってみよう
東京の戦跡・資料館など
 
 

ご報告が遅れて申し訳ございませんでした。多くの方々に応援、
ご支援頂き、2011年「和を駆ける」も無事に終了することができました。
電話、メールなどでのご支援に対しても改めて皆様に御礼申し上げる
次第です。今回、はじめてブログへのアップを行いながら自転車旅を
続けておりましたが、現場からうまく報告できず、情報不足の感もありました。
今回、帰京後報告として、ブログではアップできなかった画像を中心に
一部動画や報道記事などを加えて最終報告させて頂きたいと思います。
拙い報告ですがよろしければご覧ください。


    スタート前報告へ



「名古屋」




いつもは飛行機、夜行バス、新幹線など様々な交通機関を
利用しておりましたが、今回は、東京がゴールということで利用は名古屋までの、
のぞみ号と鈴鹿までの近鉄特急のみとなりました。あっ、という間の2時間半でした。
昨年の長崎からの帰京に比べると楽しい時間が短く、梨駆は少し不満そうでした・・・・・。


「子安観音寺」






三重県鈴鹿市の母の実家で、真言宗の安産祈願の観音寺です。
私が小学生の時、一人でこの地を自転車で彷徨っていたことが私の自転車旅の
原点となっていたと思います。今回は、その地からのスタートです。


「異教徒?」






ご住職様は、私のいとこになります。忙しい中、道中の安全を本堂にて
祈願してくれました。ところで私の家内は代々浄土真宗の家柄、
法要なども浄土真宗のお寺で行われます。「この異教徒?がっ!」と
放り出されてもやむを得ない状況で、このにこやかな二人は何者?という
感じですが、ご住職様がおっしゃてくれてました。「お釈迦様はそうしたくくりは
何一つ作られておりませんよ、そんなことは何も関係ありません」と。
御仏の教えの深さに深く感動。ちなみに昔から私は無宗教、無神論者です。
ただ、その存在の意義や重要性は昨今、強く感じている次第です。





「工作ロボット?」






小学生が展覧会で共同作成した工作ロボット?、はたまた高速下の
ホームレス住居?、はい、これは三重までの愛車梱包荷姿です。
見てびっくりしました。こんな荷姿は初めてだったので・・。実は、三重までの
自転車の搬送をどのようにするか、最後まで悩みました。
輪行(少し分解して専用の袋に入れて持ち運ぶ)して一緒に荷物として
持っていくか、それとも輪行袋に入れて宅急便で搬送するか、など・・・。
しかし、2台持っていくとなると、その他の荷物とあわせてかなりの重さ、
まして担げるのは、おそらく私だけ、と考えると輪行で持っていくのは難しい、
しかし、輪行袋に入れて宅急便で送ると破損のリスクが大きい。実際、広島から
東京へ大手輸送会社で送ってもらったら致命的な破損で自転車が使用
できなくなったことがありました。輪行袋に入れると、かなり乱雑に扱われるようです。
もちろん、業者によって異なると思いますが・・。この大手業者は二度と自転車の搬送、
また重要物の搬送には利用しないと思います。そんな状況の中、自宅近くの
大手自転車販売店「あさひ」さんで荷造りしてくれたのが上記2点であります。
通常は、いくつかバラして梱包するのですが、工具持参等の関係もあり、
できれば「開梱、そのままゴー」の状態で送ってもらえると大変助かります、
という要望にしっかりと応えて頂いた状況です。費用も送料だけで決して高く
ありませんでした。こうしたことをスムーズにこなしてくれる体制って、ユーザーに
とってはうれしいことです。業務サービスとしてプライスリストにはないとは思いますが、
真の意味でのサービスだと思います。「自転車のあさひ」板橋四葉店の店長様、
スタッフの皆様、ありがとうございました。荷姿のデザインは別として、
何としてでも破損は発生させない、という気持ちが伝わってくる梱包姿でした。
自転車自体のウエイトがかなりライトなためこんな搬送も可能なのでしょうね。


「バッチリ?」




どうでしょうか?かなり決まっていませんか?このスタイルとほぼ
同じスタイルで私も走行。道行くトラックも我々の姿がバックミラーに映れば、
思わず道を譲り・・・・・、のはずでした。しかし、スタート直前、私が自分の
サングラスを壊してしまい・・・・(涙)。親子そろってバッチリ走行は残念ながら
実現しませんでした、というより梨駆も一人でサングラスするのは抵抗あり、
ということでこれが最初で最後の貴重なカットとなってしまった次第です(笑)


「最初のトラブル」




出発前日、愛車を開梱してテスト走行するや否やパンク。原因は、チューブの
劣化。しばらく使用していないチューブをそのまま装着してきたために実際に
走行したらすぐにパンク。やはり疑わしい部品はすべて交換して万全の状況で
挑む必要があるようです。当たり前のことですが。出発前に新品チューブに
交換できて良かった、とポジティブにとらえておきました。


「自転車旅原点の町」






私が小学生の時、自転車で走り回っていた町は寺家町と言って、文字通り
寺社仏閣が多いところで、海までも自転車で数分で行ける地域でした。
当初から古くからの街並みが残っておりましたが、今なおその面影を残して
おります。細い路地が複雑に交錯していて、その路地の先の未知なる場所を
発見することが楽しかった印象が残っております。堤防は伊勢湾沿いの砂浜に
作られていて、その海岸沿いをずっと南下していくことが当時の冒険であった
ような気がします。そういえば梨駆も長い距離を走ることについてはいつも
ブーたれておりますが、知らない土地へ出かけることだけには興味が
あるようです。それが理由で、ここまで一緒に走れたのかもしれません。





「8月9日 長崎原爆の日 2011年 和を駆ける 1日目スタート」




出発当日の夜、「十日観音御開帳」にあわせてお祭りが開催されるため、
その関係者の方々がたまたま出発時に境内にいらっしゃり、親戚以外の
声援、拍手なども頂戴し、嬉しいながらも、ちょっと照れくさい状況での
スタートでした。見送ってくださった親戚の方々、ありがとうございました。
「十日観音御開帳」は、1年に一回、8月10日にご本尊様を安置する
お堂や厨子の扉を開いて拝観できるようにする盛儀で多くの方々が
お参りにいらっしゃいます。


「紀伊半島南下」




国道23号線を鳥羽に向けてひたすら南下。夏の青い空、豊かな実りを
予感させる青々とした水田を眺めながらの快適な走行です。


「伊勢市突入」




路面状態、交通事情も良く、予定通りに伊勢市へ


「もうバテた!」




今年も暑さとの戦いでした。身体が慣れるまでの初日、2日目が一番、
厳しくなると思っておりましたが、実際は予想を超える暑さで、早くもダウン?


「渥美半島へ」




三重県鳥羽からフェリーで渥美半島伊良湖岬へ渡ります。
梨駆は少し疲れ気味で不機嫌、カメラに顔を向けず?


伊勢湾フェリー




三重県から北上して名古屋経由で東海道に出なかった理由はいくつか
あります。一つは、交通量が多いこと、また私自身が以前、そのルートを
何回か走行していること、そして何よりわずかでもフェリーでの旅情を
味わいたかったからであります。自転車旅といえばフェリーでしょう、
というのが一番の理由であります。これは国内外と自転車で巡ってきた
サイクリストおおばの悲しい性でもあります。そういえばスウェーデンから
デンマークに渡るフェリーで、単庫本を椅子に座って読んでいた時、
後ろが騒がしいので振り返ってみたら大勢の外国人(外国人は俺だけど)が
ドイツ語ふうの言葉を口にしてみんなで何かを騒いでいたことがありました。
原因は、私が読んでいた単庫本で、見知らぬ文字が縦に並んでいる本に
かなり衝撃を受けたようで、その話があっという間に船内に広がり、
人が集まってきてしまったようです。きっと、怪しい東洋人がいる、との
噂でも流れたのでしょう。今ならテロ対策で、即逮捕でんがな?今から
25年以上も前の欧州での片田舎でのお話でした。


「伊良湖岬にて ポーズ 8月9日ヴァージョン」




伊良湖岬の民宿裏の海岸です。裏はすぐ海岸だよ、と聞いてすぐに遊びに
出かけてしまうところが子供パワーです。かなり疲れているはずなのに・・・。
静岡方面をバックに長崎平和記念像ポーズで一枚。


「タフ?」




いつもめんどくさいことはやらず、何かやるとすぐ疲れたの連発。ただ
遊びだけは容赦しないあなた、やはり子供です。ただ、「泳ぐ」?の
一言で海に入って行ったのはさすがです。もしかしたらあなたタフ?





「民宿」




ご覧のとおり、絵に描いたような民宿です。碁が好きな梨駆は、
本格的な碁盤に感動。梨駆はなぜかホテルではなく、民宿、旅館派です。


「食事」




民宿の夕食です。私は嫌いなものを探す方が難しいですが、梨駆は
結構、好き嫌い多し。これは親の責任、反省。魚料理もあまり好きではなく、
肉系が好き。でも「もずく」とかは好き。わかんねぇ~、って感じです。
本日は、カレーとメロンがあったので、梨駆はそれだけで満足。


「寝ても 和を駆ける」




いつものことですが、とりあえず、そっとしときましょう。


「2011 和を駆ける 2日目 東海道浜松宿へ向けてスタート」




本日は渥美半島を遠州灘に沿って北上し、浜松を目指します。


「伊良湖岬全景」




遠州灘にそっての走行。海岸線は、景色は良いですが、アップダウンも多く、
ちょっと心配。風向き次第でハードになる可能性あり。ただ基本的に東へ
向かうのでこの時期、追い風が多いはず。あくまでも期待・・。


「自転車道」






遠州灘にそって一部、自転車道が海岸線にそってあり。自転車道は車が
走行しないので安全ですが、実際は使いづらいです。しまなみ海道レベルに
なれば別だが、地方の自転車道にはそのまま日本の道路行政のレベルの
低さを露呈しているところが多いです。まず、路面が悪く、メンテナンスも
していないところも多いです。また突然、自転車道が切れてしまい、国道や
県道に合流するが、その際に自転車が走行するスペースすらない、
またそうした場合、案内板すらない場合がある、など様々な問題を
いつも感じている。





「とにかく暑い!」






昨日から猛暑!今週はずっとこの調子とのこと。ニュースでは熱中症に
注意、とさかんに呼びかけている。そんな中、自転車で走っている
俺たちは何?水、浴びてぇ~、と思っているところにシャワーあり?
海岸から離れたコンビニですが、なんでここにシャワーが????
あ、俺たちのためにあるんだね、と納得して浴びました。わざと、
衣類びしょびしょに濡らして走ります。走り始めると気化熱の関係で
体温の熱を吸収してくれるので、しばらく心地良いのです。
科学も体験学習?です。




「さらば、渥美半島」




遠州灘のサーファーを見ながら走行してきた渥美半島ももう終了まじかです。


「浜名湖到着」




渥美半島を脱し、いよいよ東海道へ。本日ゴール目前、浜名湖 弁天島です。


「再度 タフ?」




おいおい、まだ浜松まで少しあるよ~。疲れてないの?
たいして泳げないのに水に入るのは好きなんだよね~。やはり、タフ?


「コインランドリー・・・・」




九州で宿泊以来、お気に入りのコンフォートホテルです。今回、鈴鹿市でも
使用しました。いつもネットで予約します。学生時代、自転車旅している時は、
ユースホステルなどを中心に宿泊を続けていたので基本、自炊で、洗濯も
ユースで行っていました。今は、洗濯が思うようにできないので、市中を通過する
場合は、ホテル系に宿泊して洗濯(コインランドリー)などを一気に行っております。
今回は、東海道が中心なので市中のホテルを探すのは楽でしたが、後半は
お盆休みと重なってしまっているので思うように手配はできませんでしたが・・・。
話を戻します。コンフォートホテルは子供の小学生までの添い寝が可能なので、
民宿や旅館のような人数分の宿泊料が発生しません(他のビジネスホテルもあります)。
ですからネットで予約した場合、大人一人と子供一人でセミダブル利用で、
約5000円ほどです。家でも梨駆と同じ部屋で寝ていますが、自宅の布団の方が
小さいです(笑)。ですのでセミダブルでも十分、快適な状況です。かつ朝食が
二人とも無料で、夕食ほどではないですが、朝食としては十分なバイキングが
無料で利用可能です。結構、お得だと思います。よって宿泊地域にコンフォートホテルが
ある場合は、まず先に予約状況を確認したりしています。ただし、今回はちょっと
寂しいことがありました。それについてはまた機会あれば・・・。





「2011 和を駆ける 3日目  東海道丸子宿へ向けてスタート」




さあ、いよいよ東海道を東へ向けて弥次喜多道中のスタートです。数十年前に
自転車旅をスタートさせた最初の旅も国道1号線、つまり東海道でした。
今回は、そのルートを逆に西から東へ、偏西風を追い風に駆けたいと思います。
まずは天竜川。中学受験の社会科で最初によく学習する内容です。

いきなりですが、(問1) 「花子さんは新幹線に乗って東京から名古屋へ
向かいました。名古屋に到着するまで新幹線が渡る以下の川を順番に
並びかえなさい。
1.相模川 2.天竜川 3.大井川 4.安倍川 5.多摩川 6.富士川

(問2) 花子さんが乗った新幹線の名前を以下から選びなさい。
1.はやぶさ 2.たにがわ 3.つばめ 4.のぞみ 5.つばさ 6.こまち 7.やまびこ

、みたいな問題ですね。もし正解が知りたい場合は、申し訳ありませんが、
もうしばらくおつきあいください。


「牧の原台地」








これまた社会科で有名な「牧の原台地」です。ゆるやかで長い上り坂が
続きます。ご覧の通り、もうろうとしてくる暑さの中、走っておりました。
山の中の静かな道を走行していると、わずかな水の流れる音を感知し、
湧き水や小川とも言えないささやかな小さな湧き水の流れを見つける
ことがあり、そこで水浴びし、精気を取り戻すことがあります。何回も
こうした旅を続けている内に梨駆もそうした湧き水などを見つける
感覚みたいなものを研ぎ澄ましていくようで、水の音はもちろん、
その付近の湿度、路面の様子などから彼に知らされた水場が何回か
ありました。水を欲する、という人間の本能によるものなのでしょう。
自転車旅のおもしろさ、ってこんなところにもあるのだと思います。


「越すに越されぬ大井川」




江戸時代、東海道で屈指の難所と言われた大井川です。難所の理由は、
当時、技術的に橋を架けることができなかったことが理由だそうですが
立派な橋はできても渡れませんでした。ご覧の通り、フロントタイヤ、
パンクです。できれば、人足の肩や蓮台に乗って越してみたかったです。


「冷やし中華」




自転車旅中、昼食はいつもパンなどで簡単にすませます。ただ今回、初日に
昼食をとるタイミングがなく、結局、とることができませんでした。そのため、
かなりバテてしまい、後半スローペースとなってしまった経緯がありましたので、
その後は昼食はできるだけしっかりと摂るようにした次第です。と言っても、
外食するわけではなく、パンやおにぎりを座って摂るようにした、というレベル
ですが。この日は梨駆がどうしても冷やし中華が食べたい、と言うのでこんな
状況になりました。決してヤンキーではありません.教育委員会やPTAの
皆様にはあまりお見せしたくない様子でしょうか・・・・・・。 





「岡部宿通過」






東海道21番目の宿場町である岡部宿を抜けて丸子宿へ。東海道、つまり
国道1号線は、市街を迂回したバイパスが多いので、自動車は基本的に
バイパスを走行します。自転車はバイパスは走行できませんから、旧道を走行
することになります。旧道には東海道の名残を感じさせる松並木や宿場町の
古い街並みを時々、見ることができるのでそれもまた楽しいです。これから
丸子宿までには地形が険しい宇津ノ谷峠を越えなければなりません。明治に
入り東海道本線が建設される際、当初は岡部宿を通る予定でありましたが、
地形が険しい宇津ノ谷峠を避けて大崩海岸を経由するルートに変更された
ほどの峠です。地図を見ても峠道独特の様子が一目瞭然で、気持ちを
引き締めて丸子宿に向かいました。


「トンネル」






今回はバイパスをほとんど通ることがないので、長いトンネルはありませんでした。
唯一、この宇津ノ谷峠のトンネルぐらいでしょうか。トンネルは辛いです。
上記画像のように自転車や歩行者の専用道がある場合はまだいい方です。
それに今回は、かなり専用道も広かったので。しかし、見ておわかりの通り、
専用道は下りトンネル側にしかついておりません。つまり、東京に向かう場合は、
連絡橋などで下り側に渡り、トンネルを出たらまた戻る、というような状況になります。
専用道や歩道がせまい場合は最悪です。騒音、煤塵がすさまじく、
何より後ろから来るトラックが自転車の脇をスレスレで通過していくことになるので、
いつか引っかけられるのではないか、という恐怖の中でペダルを踏むことになります。
梨駆と走っているときは、その恐怖が倍増します。国内外、様々なトンネルを
走ってきましたが、トンネルはごめんです。


「宇津ノ谷峠」




さて険しいはずの宇津ノ谷峠でしたが、気付いたらすでに峠を越して
おりました。今回の難所一番は、何と言っても箱根越えですが、
二番目としてこの宇津ノ谷峠を考えておりました。トンネルまで大して
上ってきた感じがなかったので、トンネルを抜けて、本格的な上りが
始まると思っておりましたが、何とそのトンネルが峠のトンネルで、
道の駅が峠にあり、そこからは下りとなっておりました。ちょっと、拍子
抜けの感じでしたが梨駆は大喜びしておりました。地図の表記が少し
見づらかったので旧道と新道を見間違えていたのかもしれません。





「丸子宿」




丸子宿到着です。「丸子」って「まりこ」って読むことを知識不足で知りませんでした。
丸子宿、って江戸から20番目の宿場で、安倍川の渡しと宇津ノ谷の険しい峠道の間に
あります。地形を利用した自然薯が有名で弥次・喜多の東海道中膝栗毛の中でも
出てくる「とろろ汁」が有名な宿場です。
東京に戻って知ったのですが、
上記画像は、老舗として有名な「丁子屋」で、なんと1596年(慶長元年)の創業で、
広重の絵の題材ともなった店だそうで、十返舎一九もお越しだとか・・・・。おいおい、
梨駆、愛想振りまいている場合じゃないぞ、頭が高い、控えろ~、って感じですね。


旅館 若松




丸子宿での宿で、今回、唯一の旅館です。ネットで検索できなかったら
この旅館にも宿泊することはなかったと思います。きれいで気遣いのある
女将さんがいらっしゃるこじんまりとした旅館です。


「水生動物」




早速、近くの丸子川を探索。彼は、水生動物好きです。
そのおかげで我が家にはザリガニ、金魚、カエル、エビ、カニなど
何かしらの生物が水槽に収まっております。今は巨大化したカメが
でかい態度で居座っております。


「名物 とろろ汁」




さて弥次さん、喜多さんはもちろん、安藤広重、十返舎一九も食べたとされる
丸子宿名物ととろ汁でごわす。
「若松」さんは旅館ですが、とろろ汁を中心に
料理屋としても営業されているので料理にそのこだわりを感じました。


「和風」




旅館と言っても決して仰々しくもなく、かと言って馴れ馴れしくもない、
適度な距離感を保とうとする節度ある雰囲気を感じました。きっと建物は
新しくないのだろうけど、なぜか清潔感を感じさせる部屋でした。
ハード、ソフトの両面で日本の文化を感じさせるこうした旅館、いいっすね。
庭にある池を見つめていた梨駆、日本の文化を感じてくれたでしょうか?





「2011 和を駆ける 4日目 東海道三島宿へ向けてスタート」




さあ、いよいよ静岡市内を抜けて伊豆半島の付け根まで走ります。
駿河湾沿いのルートをどのようにこなせるか、それが今日の課題です。


「安倍川」




丸子宿からずっと下って静岡市へ。焼津を越えて安倍川です。
すでに天竜川、大井川、安倍川と渡ってきました。


「駿河湾」




伊勢湾、遠州灘、そして駿河湾へやってきました。


「負傷1名」




アクシデント発生、負傷。清水から由比方面あたりまで1号線はバイパスとなり、
自転車は走行不可となり、自転車道を走行します。決して快適な道路では
ありませんが車と一緒に走行するよりは安全です。その自転車道も由比あたりで
一度、県道に合流します。自転車道からバイパスを横切って県道へ向かいますが、
その際、少しだけバイパスに沿って側道を走行します。それが上記画像の細い
道路です。自転車も相互通行できず、かつ路面も砂が積もっている状況で、
徐行しても走りづらいせまい側道です。そこで梨駆はハンドル操作を誤って転倒、
自転車は1回転、その際、左に倒れるとバイパスでトラックが猛スピードで走行、
そのため無理して右側に倒れたため、ご覧の壁面に右頭部、右腕肘、右足膝を
ぶつけ負傷。幸いヘルメットのおかげで頭部の外傷なし。いや~、起こるべきして
起こる状況での事故でした。とても自転車専用道なんて言えない状況です。
日本の道路行政には言いたいことが山ほどあります。いかにアプローチしていくか、
今後、検討したいと思っております。きっとお役所は、この場所では自転車から
降りて押してください、などと平気で言うのだろうけど、だったらそのアナウンスを
しっかりするべきだと思います。ここで転倒したらバイパスに飛び出るか、
壁面に身体をぶつけるかのどちらかですから・・。今に始まったことではないですが、
いくら自転車がエコだとか環境にやさしい、とかアピールだけしても道路行政が
変わらなければ事故だけが増加していくだけになるはずです。実際、都会では
自転車の数が増え、それにともなって事故も多く、そして事故の内容も大きく
なってきております。地方での自転車道は限定的な話かもしれませんが、
都会での自転車との共存社会への課題は逼迫しております。少なくとも欧州に
比べて30年は遅れていると思いますよ。せめて都会での自転車共存社会への
具体的なアプローチは早めて頂きたいと思います。

ま、でも梨駆さへハンドル操作を誤るミスをしなければこんなことも
起こらないわけだから、梨駆、悪いのはお前さんよ。頭部に外傷は
なかったけど、少しショック与えたから、前よりは良くなったんじゃない?


「日本三大急流」




日本三大急流と言えば、山形県最上川、熊本県球磨川、そしてこの
静岡県富士川です。そう言われると確かに下流なのに天竜川や大井川に
比べると岩場が多く、流れも速い感じが・・・・・、どうなんでしょうかね?
富士川を渡る際、少し道に迷いましたが無事、富士宮を抜けて沼津、
三島方面へ。駿河湾、静岡、富士宮と言えば絶景富士山ですが
いやいや嫌われているのか、富士山、いっこうに姿見せずです。


「梨駆号 トラブル」




富士宮から三島方面へ抜けるルートがよくわかりませんでした。1号線を走行して
いるとバイパスにつながり、自転車は走行禁止になるのですが、自転車での
迂回路が見つかりません。アナウンスもありません。そうしている内に本来の
ルートを見失うことがよくあります。今回はgooglマップをスマートフォンで携帯して
いたので、確かに便利でしたが液晶の画面が屋外では反射して見づらく、現場で
使用することは少なくなっておりました。ルートが不明確な場合、最終的には、
「呼吸するGPS」(自称?)である私の本能的ルート検知能力?に頼って走行する
ことにしていた次第です。いつのまにか三島まで本来のルートからはずれ、
地元の方々が使用するバイパスに並行している裏道を走行していたのですが、
かなり狭い道なので梨駆と距離を空けて走行していました。後方を走行していた
梨駆の姿がいつの間にか見えなくなってしまったので、自転車を止めてしばらく
待機していたのですが、なかなかその姿が現れません。通常は、すぐにその姿を
見ることができて、走り始めるのですが、この時はいつもと異なっておりました。
時間にして3,4分でしょうか、まったく姿が見えないので「こりゃ、何かあったな?」と
思い、走って来たルートを急いで戻りましたが、結構、走行してしまっていたようで、
急いで戻っているはずなのに梨駆の姿を見つけられません。かなりの速度で逆走して、
4,5分、自転車を押しながら歩いている梨駆を発見!「致命的なトラブルだ~」、
「もうダメだ~」と口にする梨駆はほっといて自転車を見るとフロントタイヤが
パンク。どこが致命的なんだ?「いつものタイヤと違うからパンクに注意して、
走行しろよ!」、といつもキツく言っているせいか、パンクさせて怒られるとでも
思っていたのでしょうか、気落ちしている梨駆の姿は、ちょっといじらしくもありました。





「三島と言えば鰻」




いやいや、三島市街へのルートは本当にわかりづらかったです。地元の方々にも
色々と聞きましたが、地元の方でさへ、説明しづらいな~、と口をそろえて
いらっしゃいました。確かにあとで地図を分析しましたが、三島駅をとって
つけたような構成になっているようです。どこの街も通常は、駅が中心となって、
メインルートはその駅の近くを必ず通るような構成になっていますがここは
違っていましたね~(笑)とりあえず、無事到着です。本日は洗濯予定日
ですのでビジネス系ホテルに宿泊です。単なるビジネス系ホテルでは
つまらないので、ネットでいくつか探して本日は駅前の「ドーミーイン」を予約
しときました。ここは、最上階に大浴場の温泉があるので楽しみです。新幹線を
眺めながら温泉に浸れる珍しいポイントのようです。今年、オープンしたということ、
そしてお盆休みに本格突入したということもあり、フロントは大混雑でした。
チェックインに15,6分も並んだのは初めての経験です(笑)三島近くには
高校の後輩が住んでおります。自転車旅をスタートさせたら、三島で会いましょう、と
電話をくれたました。 奥様とお嬢様の家族みんなで迎えにきてくださり、夕食を
ごちそうになりました。三島、と言えば鰻だそうで、遠慮なくうな重の大盛をご馳走になった
次第です。市内にある三嶋大社はうなぎの歴史にまつわる「神池」という大きな池が
あるそうで、 昔はこの「神池」にたくさんのうなぎが生息していて、当時は神様の
使者として崇められていたそうです。
三島と言えば「鰻」、「鰻」と言えば三島、
勉強になりました。そうした中、一人で「僕はステーキお願いします」とほざき、
かなり高価な肉を一人で「やわらかい、やわらかい!」とニコニコして食べていた
おい!倅、お前みたいなタイプを世の中では「KY」と呼んでいるのだぞ、
もっと成長せい!


「2011 和を駆ける 5日目 最大難所 箱根越え 東海道平塚宿へ」




さあ、今回の最大難所 箱根越えです。三嶋大社前で安全祈願。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」。その
大井川を越してきた我々です。越せぬはずがありません。
うなぎとステーキ?パワーで頑張ります。


「箱根越え」




さあ、上り坂との格闘、言葉はいらないと思います。
しばしご覧ください。



















「箱根峠」



「芦ノ湖」



「雷鳴、豪雨、パンク・・・、しかし、ポジティブに」




箱根峠から芦ノ湖まで下ってきた直後、ものすごい雷鳴、そして豪雨となり、
コンビニ横の駐車場に飛び込みました。そしてタイヤに目をやるとなんとパンク・・・・。
やっとここまで上ってきて、これから最後の急登にとりかかるはずだったのですが・・。
豪雨に、パンク、そしてこれから急坂・・・・・、気分はブルーで沈みがち・・。そんな
状況の中、梨駆はとなりのコンビニ行ってくると行って、カレーとチキンを購入して
パンク修理している横で旨そうに食べ始めました。「あ~、うまかった!」という頃には
パンク修理も終わり、見ると雨も止んで日も差してきているではありませんか。
雨が降っている時にパンクも修理できて、うまい昼食もとれた、と前向きに考えたら
ラッキーな感じがしてきました。豪雨もパンクも待ち構えている急登も梨駆にとっては
空腹以上の問題ではなかったようです。情けないですが、彼の行動に、何か人生を
楽しく生きる術を垣間見た感じがしました。

「国道1号最高地点」




ついに最高地点到着、箱根完登です。芦ノ湖からの上りは距離はさほど
ありませんが、かなりの急こう配で、ギヤの選択を誤ると足が止まってしまう
箇所もあります。なんとか無事に箱根を越えられそうです。あとは小田原まで
気をつけて下っていきたいと思います。梨駆、お疲れさん!





「平塚宿まで17km」




小田原から海岸沿いに国道1号線を東へ走行。この区間は実に路面状態も
よく走行しやすい。その関係なんだと思うが、ロードレーサーをかなり見る。
東海道の面影も多く、気持ちが良いルートである。お盆休みのせいか、
家族連れの車も多く、車中から声援も多く頂きました。


「最後の海」




伊勢湾から始まって、遠州灘、駿河湾、そして相模湾とやってきました。
海を見るのは今日が最後になると思います。平塚市内に入る前に国道1号から
わきにそれて寄り道してきました。


「2011 和を駆ける 6日目 東海道日本橋へ」




さあ、東海道の起点日本橋へ向けてスタートです。表示距離は
65kmとなっておりますが、東京名所を経由し、本日の最終目的地で
ユースホステルがある飯田橋までいくことを考えると実走行は
75kmぐらいになると思います。今日も暑くなりそうです。


「相模川」




多くの川を渡って参りましたもうすでに天竜川のところで出題した問題の
正解はおわかりのことと思います。もう少し走行して、最後の一つ、渡ります。


「やっぱり暑い」




日陰のコンクリート、唯一の癒しです。しばし、お許しください。





「マクドナルド」




随分前からMACが食べたいな~、と口にしていた梨駆。
首都圏に入り、身体が都会モードになってきたのか、MACが
食べたい、を連発。こんなところには無い、と豪語しながら一応、
googleマップで検索したら数キロ先に鶴見店が1号線沿いにある
ではないか。しばらく走行し、看板を見つけてヒートアップ?MACの
世界戦略恐るべし。日本の食文化はいずこへ??
ま、私も嫌いではありませんが・・・・。




若い店員の女性に「三重から来たんだ~、自転車で?すっごい~」と
言われ、MAC+αで上機嫌。


「もうすぐ東京都」




三重から随分、景色も変わってきました。それでも平塚までは旅風情が
感じられる街道筋でしたが、本日は、まさに首都圏、メガポリスに旅情は
感じられません。大きく変化してきた街並みをよそに変わらぬは
国道1号線の標識のみ、という感じです。


「最後の川」




いよいよ最後の川、多摩川を越えて東京都へ。
天竜川、大井川、安倍川、富士川、相模川、そして多摩川と。
ちょっと寂しい気がしてきました。


「東京 はとバス観光ルート?」




多摩川を越えて東京中枢部へ。県境からここまで距離的に
少しありますが、旅情に耽ることもなく、景色に見とれることもなく、
ひたすらペダルを踏んでいたせいか、ほどなくここまで来てしまいました。
考えてみればあまり都内を自転車で巡ったことないですね。今後、
少し走ってみようと思います。以下、はとバス観光ルート?です。
コメントは不要ですね。


「桜田門」




井伊直助が水戸藩浪士に討たれたのはここらへんでしょうか?

「大手町」




東京のど真ん中でごわす。花子さんはすぐこの近くの東京駅から
新幹線「のぞみ号」で名古屋に向かいました。


「日本橋」




東海道五十三次起点日本橋到着です。考えてみれば、江戸時代、弥次さん、
喜多さん、ってなんで東海道を京都三条大橋まで旅したんでしょうかね(歴史的事実?)。
純粋な旅だったら、かなり贅沢ですね。今度、調べてみましょう。東海道五十三次と
言われる日本橋から三条大橋までの歴史街道の総距離は約429kmほどのようです。
今回の総距離より短いので、今度は日本橋から京都まで五十三の宿場町を訪れながら、
歴史探求の旅に出てみたいと思います。もちろん、自転車で(笑)東海道について
最後にひとつだけご報告です。東海道と言えば、富士山。駿河湾、箱根などから
眺める富士の雄姿は素晴らしいですね。が、しかし、今回の旅で一度もその姿を見る
ことも見かけることもできませんでした。天気には恵まれたはずなのですが・・・。
これまた珍しいといえば珍しいかもしれませんね、1週間も東海道を走っていたのに。
寄り道ばかりしていたので斜光がさしてきてしまいました。
最後の宿、飯田橋のユースホステルへ向かいます。





東京セントラルユースホステル








ひさしぶりのユースホステルでの宿泊です。東京には3つ?ほどあったと思いますが、
東京で利用するのは初めてです。飯田橋のユースが駅前の高層ビルの18階と
19階にあります。大規模ですが、ユースならではの雰囲気はしっかりあり、快適です。
見ず知らぬ人と一緒に枕を並べることに懸念を示していた梨駆も様子がわかり、
ひと安心、というかかなり興奮しておりました。斜め前のベッドには白人の大柄な
バックパッカーがいて、少し緊張してはいたようですが・・。フロントのヘルパー
(今はそう呼ばないのかもしれませんが)さんたちもとても親切で、
ユースホステルならではのアットホームな雰囲気でした。フロントでアルバイトをして
いた若い男性も日本を巡っているサイクリストだそうで早速、フォローして頂いた次第
です。梨駆にユースホステルの雰囲気を味わってもらいたかったので敢えてここに
宿をとったのですが、正解でした。


「2011 和を駆ける 6日目 最終日 8月15日終戦記念日 板橋区役所前 平和祈念像へ」



本日は、飯田橋から板橋区役所までのわずかな距離です。珍しく朝食をゆっくりと
摂り、準備も万全、寄り道しながら板橋区役所へ向かいました。







「2011 和を駆ける  板橋区役所前平和祈念像ゴール」








8月15日終戦記念日午前11時頃、板橋区役所前平和祈念像に
到着しました。お出迎えを受け、8月15日終戦記念日正午 区役所に
おける全職員の黙祷にあわせ献花、恒久平和を祈念、黙祷して旅を終了
しました。献花、黙祷には、板橋区役所の総務課の方々、また日本語教室で
お世話になっている国際交流課の課長さんをはじめ係長さん、
全スタッフの皆様が参列して頂くことができました。この場をお借りして
あらためて御礼申し上げます。


以下、今回の自転車旅についての新聞記事になります。
自転車旅内容補足のため、厚かましくも載せさせて頂きました。ご了承ください。
  

                                   朝日新聞8月16日朝刊


                                                中日新聞8月10日朝刊


                                               讀賣新聞8月10日朝刊








「2011 和を駆ける 自転車旅を終えて」

自転車で自由に駆けることのできる平和な社会に感謝しながら、少しでも
自転車旅の素晴らしを伝えることができたらと思い数年、子供たちと一緒に
日本を走って参りました。平和な社会であり続けるためには、やはり過去の不幸な
出来事を忘れてはいけないと思い、その事実を次の世代に語り継いでいくことは、
やはり我々の責務であると思います。ただ、机上でそれを語っても教科書の文字を
追うだけのつまらない社会科の授業となり、実感としてその意味を感じていくことは
難しいことだと思っております。本当に大切なことは平和な社会をそれぞれの人が
実感し、それぞれのそうした平和な世界を大切にしたい、と思うことであると思います。
つまり、「当たり前の社会」、「普通の生活」がいかに大切かを私たちがいつも忘れずに
いくことがとても大切なことなのではないでしょうか。平和な社会を何をもって感じられ
るのか?人によっては、打ち込んでいるスポーツ活動や音楽、美術などの芸術活動なの
かもしれません。また家族の団欒や子育て、また孫のお世話であるのかもしれません。
私は学生時代から国内外を自転車で巡ってきて、平和な社会の大切さを自分なりに
感じてきたつもりなので、「和を駆ける」という一つのアクションを通じて自転車旅の
楽しみながら、平和な社会の大切さを体現していきたいと思ってきた次第です。
今後も未熟ながら社会の末端で、平和な社会を大切にしていくための草の根的な
活動を模索していきたいと思っております。沖縄、広島、長崎、そして東京都と
自転車旅を続けてきて本当に多くの方々に応援して頂きました。
心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

「最後のメッセージ」

平和を訴える自転車旅、親子自転車旅、自転車旅の楽しさを伝える、
などこうしたテーマがいつもクローズアップされ、とても聞こえの良い話題に
仕上がっております。私もそのことを主張しておりますし、決して否定する
ことはありません。でも今までずっと自転車で旅してきて、楽しいことも
そりゃたくさんありますが精神的、肉体的にしんどいことも限りなくありました。
いつも思うわけですよ、なんでこんなことしてるのか?、と上り坂にかかるといつも
自問自答します。何十年もやっている私が思うのだから、倅などにとっては理解
できないことだと思います。文明の利器を使用すれば2時間半で移動できることを
どうして7泊8日もかけて移動するのか?、実に馬鹿馬鹿しい行いですよね。
汗流して、辛い思いして・・・。倅にはきっとわからないですよね。そこには親の
エゴしか存在していません。私は今年、50歳になりますが、その大きな節目を迎え、
今までを振り返ってみると、私の自転車旅は、個人的、かつ無意識の現代社会への
アンチテーゼなのではないか、と思うことがあります。何かと効率ばかり優先し、
それを求めていく社会。唯一、効率を求める必要のなかった教育まで現在は、
強く求められるケースもあります。効率重視も現代社会で生きていくためには
重要なことなのかもしれませんが、無駄と思えることに労力を費やすその過程も
人間が生きていく上ではとても大切なことであると私は感じております。
こと子供たちには、平和も大事、自転車旅を楽しむことも大事、しかし、何より
伝えたかったことは、この非効率、不必要、そして実に無駄な行動に自分自身が
持ちうる力を出し切って挑んでいくその過程の大切さではなかったのか、と思って
いる次第です。スタートがあり、ゴールがある。ゴールへ到達することが決して
目的ではなく、愚直までにゴールまでの過程を諦めず歩んでいく。その歩んでいく
意味はわからなくとも・・・。その結果としてのゴール。疲れたら足を止めればいい、
そしてまた歩いたり、ペダルをこげばいい。歩き、そしてペダルをこぎ続けることさえ
止めなければ必ず前へ進み、いつかはゴールへ到達する。人生って、理不尽、
不可解、永遠に意味わからず、そんなこと山ほどありますよね。子供たちの人生と
いう旅は始まったばかりですが、時には休みながらもペダルをこぎ続けてもらえれば、
と思っております。ここまで目を通して頂いた方はあまりいらっしゃらないと思いますが
もし、いらっしゃいましたら厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。

                                  2010年8月記(2017年6月加筆
 
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著者自身の体験をもとに
親子自転車旅の素晴らしさを
伝えたい。なぜ親子自転車旅を
すすめるのか、なぜ自転車なのか。
一緒に走った思いでは一生の宝物。
さあ、お子さん、お孫さんと出かけ
ましょう。

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